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本州最南端発!人と人とを繋ぐ感動エピソード

掲載日:2017-11-13


和歌山県東牟婁郡串本町
JAF和歌山支部スタッフ

いまぎしガイド
和歌山支部

趣味

寒い夜はあったかい「はちみつミルク」を飲んでぐっすり♪


 紀伊山地を背に潮岬が雄大な太平洋に突き出た自然豊かな本州最南端の町、串本町。
あまり知られてはいませんが、実は串本町とトルコ共和国は長きに渡り友好関係を築いているんです。その理由を知ったとき、私はとてもあたたかい気持ちになりました。
寒さ厳しい冬の季節。和歌山県の小さな町で起きた出来事を通して皆様の心にも私と同じような
「あたたかい気持ち」を届けることができればと思い、和歌山県東牟婁郡串本町にある
「トルコ記念館」を建設に至るまでのお話を交えながらご紹介させていただきます。


episode1.「エルトゥールル号の悲劇」】
 明治23年、オスマン帝国最初の親善大使を乗せた軍艦エルトゥールル号が日本に上陸。親善大使達は国賓として丁重に扱われ、約3ヶ月の滞在の後、9月14日横浜港を出発しイスタンブールへの帰路に就いた。
 しかしその道中で台風の被害に遭い、大島村(現在の串本町)樫野崎の断崖下で岩礁に激突し、
沈没。580余名の乗組員が殉職、生存者わずか69名という大海難事故が起こった。
この未曾有の事故に際し、当時の村民は全村を挙げて生存者の救助・介護、殉職者の遺体の捜索・引き上げにあたり、更に生存者には各家庭で備蓄されていた食料と衣服が提供され手厚く介抱された。
その後、大島村民の献身的な活動はトルコ本国にも伝えられ、トルコ国民の心の中に日本と日本人に対する親愛と敬愛の情を持つきっかけとなった。


episode2.多くの日本人を救ったトルコ航空機】
 イラン・イラク戦争が続いていた昭和60年3月17日。イラクのサダム・フセインが
「今から48時間後以降、イラン上空を飛ぶ飛行機を打ち落とす」という声明を全世界へ発信した。
イランに住んでいた日本人は慌ててテヘラン空港に向かったが、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。世界各国は自国民のために救援機を出したが、日本政府は迅速な対応が出来ず空港にいた日本人はパニックに陥った。

 現地に取り残された多くの人々が恐怖と絶望に苛まれる中、2機の飛行機が到着した。トルコ航空である。タイムリミット残り1時間前というギリギリの状況の中、トルコ航空の飛行機は日本人215名全員を乗せてトルコ(アンカラ経由イスタンブール)に向かって飛び立った。
なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか当時は誰もが不思議に思った。この出来事を受けて後に駐日トルコ大使のネジアティ・ウトカン氏は次のように語る。
「エルトゥールル号の事故に際して、日本人がしてくださった献身的な救助活動を今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生の頃、歴史の教科書で学びました。トルコでは子どもたちでさえ、エルトゥールル号の事を知っています。今の日本人が知らないだけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようとトルコ航空機が飛んだのです。」




episode3.トルコ記念館について】
 
さて、ここからは本題であるトルコ記念館についてご紹介させていただきます。
トルコ記念館は、トルコ国との友好の証として建設されたものです。館内には遭難したエルトゥールル号の模型や遺品、写真などが展示されており、遭難事故当時の様子を知ることができます。

 
 
沢山の展示物の中に交流ノートを発見!中を見てみるとトルコ記念館を訪れた日本人の感想はもちろんのこと、トルコ人のメッセージも沢山ありました。エルトゥールル号事件のことはトルコ人にはよく知られているらしく、串本町ひいてはトルコ記念館に訪れるために来日される方も少なくないんだとか。
←訪れた方の感想やメッセージが沢山!!
また、イラン・イラク戦争のとき多くの日本人の命を救ったトルコ航空機の機体をモデルにデザインした飛行機「KUSHIMOTO号」の模型も展示されております。KUSHIMOTO号は実際に存在する飛行機で、今も各国の空を行き来しているそうです。


episode4.周辺の観光スポット】
 エルトゥールル号事件に関する観光施設はトルコ記念館のほかにもあります。
ここからはトルコ記念館へ足を運んだ際に押さえておきたい周辺の観光スポットについてご紹介させていただきます。


①トルコ軍艦遭難慰霊碑

エルトゥールル号が遭難した明治23年当時、地元の村民は献身的な救助活動を繰り広げ、引き揚げられた遺体は遭難現場である船甲羅岩礁を真下に見下ろす樫野崎の丘に埋葬されたと伝えられています。
翌、明治24年3月。和歌山県知事はじめ有志の義援金により、墓碑と追悼碑が建立され併せて追悼祭が行われました。
トルコ共和国初代大統領のケマル・アタチュルクが新しい慰霊碑を建立する事を決定し、和歌山県が委託を受け現在のような立派な弔魂碑に改修されました。
事件から長い時間がたった今でも、町と在日本トルコ大使館の共催による慰霊祭が5年ごとに行われています。


②樫野埼灯台
 
樫野埼灯台は大島の東端、樫野の断崖に建つ日本で最初に作られた洋式の石造り灯台の1つです。対岸の古座川周辺にある宇津木石(うつぎいし)が用いられています。
宇津木石は比較的やわらかい石で加工しやすく、この周辺の地域では昔から建設用石材として広く利用されてきたそうです。


③周辺のお店
 
トルコのお土産でよく見かけるのが青い目玉模様のアクセサリーやストラップ。これ、「ナザールボンジュウ」という魔除けなんだそうです!トルコ記念館周辺のお店でも現物を見ることができます。
ナザールボンジュウとは、ナザール(Nazar)が邪視、ボンジュック(boncuk)がこの目玉のお守りのことを指し、人々の「邪な視線」から守ってくれるというイスラム以前の迷信からきているアイテムだそうです。昔から中東やヨーロッパの地中海地方には「羨望のまなざしにさらされると悪いことがおきる」とか「青い目の人の視線は呪いをもたらすことがある」というような言い伝えがあります。
羨望のまなざしにさらされると悪いことがおきる。なんて不思議ですよね?トルコでは元々、「目は世界に向けられた窓」という意味合いがあるため、その人のいい考えも悪い考えも、全てこの窓から出て行くと考えられています。
悪い考えが放たれた目には呪いがあると信じられ、その呪いから身を守るために使われてきたのがナザールボンジュウなんです。


トルコといえば有名なのがトルコアイス。やさしい甘さに独特の伸びともっちりした食感がたまりません♪
トルコ記念館から少し歩くとトルコ人のご主人が経営しているお店に行き着きました。そこでは本格的なトルコアイスをいただくことができます!
長い棒でアイスをかき混ぜてからぐいーーーっと引っ張りあげる姿に感動!!すごい!!おもちみたい!
私はトルコアイスが大好きなので道中2回も食べてしまいました・・・。完全に食べすぎです(笑)
皆さんもぜひご賞味あれ!

 

episode5.最後に・・・】
 いかがでしたか?大島村民のあたたかい気持ちと活動から生まれた絆は国を越えて、長い年月が経った今でも繋がっているんです。
誰かが困っていたら全力で助けてあげられる。そんな人に私もなりたいと強く思いました。
また、エルトゥールル号事件とイラン・イラク戦争勃発時にテヘランに取り残された日本人をトルコ政府が救援機を飛ばして救出した出来事を描いた映画が「海難1890」です。この映画は
日本とトルコの友好125周年を記念して2015年に製作されました。
中でもエルトゥールル号事件編のロケはここ、串本町で行われており臨場感たっぷりです。映画を見てからトルコ記念館を訪れると、感じるものが違うと思います。
最後になりますが、トルコ記念館をはじめ串本町には魅力的なスポットが沢山あります。今度のお休みは是非家族、友達、恋人などなど皆さんでドライブも兼ねて串本町に足を運んでみてください!




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